京都御苑の閑院宮邸跡
お庭のあじさいが見ごろです。


まさに癒しのスポット!
在这里散步,使人忘记一切烦恼。
Zài zhèli sànbù,shǐ rén wàngjì yíqiè fánnǎo.
ここを散歩すると、すべての悩みを忘れることができます。
神明と明神の鳥居
神社でよく見かける「鳥居」ですが、
鳥居には、一説によると、60以上ものさまざまな種類や形があるとされています。
たくさん種類や形がある鳥居ですが、大別すると神明鳥居と明神鳥居の2種類に分かれます。
この2種類の鳥居がすごく近い距離で建っているのが、ここ、京都御苑の白雲神社です。

写真の奥の方の鳥居--神明鳥居
神明鳥居はもっとも古いタイプの鳥居で、2本の柱の上にまっすぐな木材を乗せ、柱と柱の間にもう一本木を渡して強さを増したもので、形がとてもシンプル。
写真の手前の方の鳥居--明神鳥居
明神鳥居は、よく見られる形で、2本の柱の上に乗った横柱の両端が上に向かって反っているのが特徴です。
鳥居も神明鳥居から明神鳥居へと豪華に変化してきたそうです。
名称も「神明」と「明神」と漢字が逆になっているのもおもしろい。
鳥居って普段見上げて形がどうなっているか詳しく見ることはあまりありませんが、
少し立ち止まって、違いを見つけてみてはいかがですか?
葉書の「葉」
豊かな自然に囲まれた国民公園である京都御苑は、市民の憩いの場となっています。
ここに生育する樹木は約5万本、500種を超えるそうです。
なかでもちょっと目を引いた植物が「多羅葉(たらよう)」という樹木。
御苑の西南にある宗像神社のお社のそばにありました。
この樹木の葉、葉書の「葉」なのです。
葉書の葉ってどういうこと?
実はこの「多羅葉(たらよう)」という樹木の葉が葉書の始まりだと言われています。
葉の裏に木の枝などで傷をつけて文字を書き、相手に渡して伝えたことが、まさに葉に書く「葉書」始まり。
この多羅葉(たらよう)の葉は特別な成分を含んでいて、傷をつけると色が黒く変色して、文字が浮かび上がります。
‟你好”と書いてみました。


平安時代にはこの葉にお経を書いたり、
火であぶると黒い模様が浮きあがるので、それで吉兆の占いをしたり、
とても特別な樹木として神社仏閣で植えられて大切にされていたようです。
ああ、だから、宗像神社の境内にあったのか、と納得。
手紙を書くことが少なくなり、連絡はほぼメールという今の時代から見れば、
葉っぱに字を書いて人に送るって、風流ですね。
でも、葉に文字はたくさん書けない!?
定額外扱いで63円ではいかない!?
中国語で葉書は、‟明信片 mínɡxìnpiàn”
絵はがきは、‟美术明信片 měishù míngxìnpiàn”と言います。
”美术”は「美術」のことです。
では、「多羅葉」の葉書もある意味「美術的」なので、絵葉書の一種に入るのでしょうかね?
先日の授業で、京都御苑に沙羅双樹が咲いていることや、あちこちでアジサイが咲いていますね、と花のテーマを取り上げました。

「6月に咲く花は多いですね」とある受講生の方。
そして別の方から『「花が咲く」の咲くは中国語で‟开”ですが、花が散るとはどういうのですか」と質問されました。
「花が散った」は中国語で〔花谢了Huā xiè le〕。
「散る」は‟谢”と言います。
なんと‟谢谢”の‟谢”です。
受講生のみなさん、「えっ?「散る」は‟谢”?」と目を丸くされていました。
辞書で〔谢xiè 〕を調べると、
①感謝(する).お礼(を言う).
②官職を辞する.
③辞退する.断る.
④謝る.わびる.
⑤(花や葉などが)衰える.しぼむ.散る.
との記載があります。
さらに〔谢xiè 〕を調べると
造字本义:古代年迈官员委婉辞职御任。
字のもともとの意味:古代、老いた官吏が婉曲的に仕事を辞したこと。
と書いてありました。
なるほど、辞書の解釈に合わせると、その老いた官吏は
①いままでありがとう、と感謝。
②今度、官職を辞することになりました。
③続けてやってくださいというお誘いも辞退します。
④すまん、もうしわけないのう。
⑤もうワシは衰えた。
今日6月19日は元号の日
京都山科区の「御陵」に、天智天皇陵があります。

645年(大化元年)の今日6月19日、天智天皇(当時は中大兄皇子)が、日本初の元号「大化(たいか)」を制定しました。
「大化の改新」の「大化」です。
以来、現在の「令和(れいわ)」まで、なんと248もの元号が定められています。
元号は、もともと中国の封建王朝が年を数えたり記録するために用いた名称です。
通常、君主によって発動されます。
先秦の時代から漢の初期までは年号がありませんでしたが、紀元前140年、漢の武帝が即位した後に初めて「建元」という元号が作られました。
中国語訳:
年号原来是中国封建王朝用来纪年的一种名号。
一般由君主发起。
先秦至汉初无年号,公元前140年,汉武帝即位后首创年号,始创年号为‟建元”。
そもそも元号は必要なのかと思う方もいるでしょうし、実際、西暦の方が都合のよい場合も多いです。
しかしながら、この元号、現在は日本しかないそうです。
天智天皇から約1400年続く元号、慣れ親たしんだ元号、やはりこれからもあったほうがよいと思います。